番組では言わないこと

子供たちに夢を伝えたい。美しく気高いもの、真心、愛、優しさ、誇り。
勇気、知恵、忍耐、努力、正義、冒険心
健康な輝きにあふれた夢を子供たちに伝えたい。そんな魂のメッセージ。夢の贈り物。
この文章は1950年代の月刊少年雑誌の絵物語ブームを牽引した山川惣治氏の言葉です。


手塚治虫氏の作品には
「生きること」、「永遠の命のリレー」、「文明の起こりと終わり」、「戦争」、「科学の発達がもたらすもの」
など
深遠なテーマを子供たちにわかりやすく伝えようとしたある種の哲学があったように思います。


「誰かが喜んでくれるといいな」「誰かが興奮してくれるといいな」「誰かが美しくなってくれるといいな」
という願いを込めて一つの世界・歌謡曲を作っていたのは昭和の作詞家・阿久悠氏です。


皆が全てというわけではないでしょうが、昭和の影響力ある表現者たちはそんな
「哲学」を持って作品を世に発表していたように思います。
富や名声はそんなものに自然とついて行ったように僕には見えます。


平成24年の現代、子供たちに多大な影響力のある日本のテレビ番組・ゲーム・漫画・そして歌謡曲には
そんな哲学や願いが込められているでしょうか?
経済の発展が頂点に達し、国民が一通りの「物」を所有し、目的が快楽の追求ばかりになってしまった昨今
今の影響力ある表現者たちが子供たちに伝えたいのは、夢や美しく気高いものではなく、

自分たちの作品をお小遣いで買って欲しい。
お小遣いが無ければ親やおじいちゃんおばあちゃんにねだって買って欲しい。
君たちが持ってるお金をおじさんにちょうだい。

そんなメッセージばかりなのではないでしょうか。

だから自然と作品には刺激の強いもの、バイオレンス、性、拝金主義、
そんな負のベクトルばかりが溢れているような気がします。
平成の表現者たちには、刺激の強いものが子供たちの将来に悪い影響を及ぼそうが知ったこっちゃない
自分の懐に金が入ればそれでいいのだと考えているのだと思います。

それどころかまだ分別もつかないような、うら若き娘さんたちをグループにして
あられもない格好をさせて歌わせ、世の男たちの劣情を煽りたてて
金儲けの道具にする風潮が日本を席巻しています。

僕も男ですから、そういう嗜好も分からないことはないのですが
しかし、世の子供たちに、そして成人した男達に、果てはパフォーマーとしての本人たちに
良い影響などあるはずがない、と信じています。

堅いことを言いますが、某評論家のお言葉を引用いたしますと
テレビ番組にしても歌謡曲にしてもジャーナリズムの一翼を担う社会の木鐸の一つであり
公共性と品位と責任が求められるものだと思います。
メディアリテラシーなどあるはずもない子供たちには
テレビ番組が、ヒットチャートをにぎわす歌手たちが人生のお手本であり教科書なのですから当然のことです。

もちろん表現の自由というのは憲法で定められた基本的人権の一つでありますし
そういった刺激の強いものも僕は決して嫌いではありません。
刺激の強い作品は子供たちが見れないような場所で大人に向けて制作し公開すればいいのだと思います。

大衆の空気と求める文化は時代によって違うものですから
平成の歌はダメで僕の番組で扱う昭和歌謡がいいんだ 
という乱暴な理屈を言う気は毛頭ないのですが
それにしてもあまりにも拝金主義が行き過ぎた結果、
売れればいいから子供に悪い影響のある企画でもいいんだ。
という
日本のメディアには表現者としての矜持を持たない輩ばかりが跋扈し、支配しているように思います。

これはもっと国民が怒らなければならないことではないでしょうか?

そんなことを考えながら、本日4月8日が終わろうとしています。。

投稿日時:2012.04.08(Sun) 22:07:41|投稿者:matsuyamay