原田時美 昭和平成歌物語 ~藤圭子~

2016年9月からの新コーナーは、花菱警備保障会長、
そしてムード歌謡全盛の昭和43年に花菱エコーズでデビュー、
西海ブルースなどの名曲を残した原田時美(花菱健)氏による
「原田時美 昭和平成歌物語」です。

第一回目の9月7日は、故藤圭子さんにまつわる思い出話
そしてギター爪弾き、新宿の女の生弾き語りをご披露くださいました。
藤圭子フェチ?かもしれない僕にとっては大変興味深い話でした。
原田さんは、集団就職で都城より上京、そして間もなく音楽のプロの道へ。
故石坂まさを氏に弟子入りし、同じ屋根の下で藤圭子さんとレッスンをしていた歴史があります。




♪ネオン暮らしの蝶々には 優しい言葉が染みたのよ♪
あまりにも有名な新宿の女の1フレーズです。
蝶々 つまり夜の蝶という言葉も今や死後でしょうか
まだ初心というか純な少女がなんとなく染まれない夜の世界で
おそらく客の優しい言葉にほろりとくるわけですね。

♪ネオン暮らしの蝶々には 財布の厚みが気になるの♪
というのがある意味デフォみたいなもんかなと思う昨今においては
なかなか衝撃的な響きもあるように思います笑
所謂、ワケアリでその世界に飛び込んできた、純な美少女 という設定なわけですね。

ところで、ヒット曲が生まれる背景には、作られたイメージというのもあるのかな?と思ったりします。
といいますのが、五木寛之氏が藤圭子人気全盛時、
プロデューサーの石坂まさを氏と
藤圭子氏をモデルにした小説を発表されていて
その中では、「作られた不幸」が描かれています。
ヒット曲のイメージを保守するため私生活は実は明るいんだけども、
あえて陰のある少女を演じていた というわけです。
(あくまでも小説の中では)

このことについて、原田時美さんに率直に伺ってみました。
「藤圭子さんのイメージって、地だったんですかね?」
デビュー前もデビュー後も藤圭子さんと間近で接してきた原田さんは、
「地だと思う」と仰いました。
少女時代に北海道を中心とした門付け生活を送り、子供が見なくてもよいものを
たくさん目撃したであろう藤圭子さんの歌声は、まさにルサンチマンのこもった怨歌であり
それがデビュー当時の若さと、人形のようなルックスに救われ、到底真似のできない輝きを放ったわけです。

石坂まさを氏は、藤圭子さんの歌声をあえて、レッスンでは手を加えなかったと原田さんは仰っています。
他者がどんなにレッスンをしても到底出せない、独特の藤圭子さんの歌声は、壮絶に魅力的であり
それは幼少期に目撃せざるを得なかったであろう、人の表裏や裏街道の哀しみと
生まれもった類稀なる才能とのコラボが生んだ賜物だということなんですかね。

ところで 優しい言葉が染みる蝶々 が昭和40年代当時はたくさんいらっしゃったんでしょうかね?
そこらもそのうち、原田さんに伺ってみたいと思います笑
財布の厚み は現実的で必要ではありますがやはり、そこには情緒を求めたいものですよねー
新宿の女 にはそういった、父性本能をビシバシ刺激するような、くらくらするような濃密な情緒がいっぱいに詰まっています。
五木寛之氏もそうなんでしょうが、当時藤圭子さんの虜になったファンは相当にいたでしょうね。

「昭和歌謡は本当にいいよね」という人たちが年々、増えてきておりブームの兆しが見えております。
原田時美さんとのコーナーを通じて、思うところをこれから少しづつ書いていこうと思ってます。
では今日はここらで~。

投稿日時:2016.10.05() 23:15:55|投稿者:matsuyamay