冥途の土産

いささか抹香臭いような題名で恐縮ですが
今まで生きてきた中で楔のように打ちつけられた言葉というのが
節目節目にあったような気がするのですが冥途の土産という言葉もそうです。

数日前に、僕の店に、あるお客様が買いものに来てくださいました。

聞けば、生前、昭和歌謡玉手箱を本当に楽しみに聴いてくださっており
1年ほど前に僕の店の昭和カフェに来られて上原敏(おそらく)を
数十年ぶりに聴いたと感動してくださった70代の御父様が
数日前に鬼籍に入られたとの話を

お客様である娘さんが目を潤ませながら話してくださいました。

世界のチョコレートを墓前に供えていただくとのことでした。
もう一度昭和カフェに行きたいとうわごとのように仰っていたが叶わなかったとのこと。
この男性は、メールやはがきやファックスは一切されないリスナー様でしたが
このようなリスナー様は結構にたくさんいらっしゃると僕は思います。
セッツインユース、つまり圏域全てのラジオ台数に於ける受信割合の数値化は
かなり困難であると思われるのですが、こういったメールファックスをされない
サイレントリスナー様(私の造語ですが)の想いと重みをヒシヒシと感じたある一日でした。

三途の川を渡るには金銀財宝は重すぎて舟が沈んでしまうとはよく聞きますが
唄には重量はないでしょうから、好きな曲は何百何千携えても大丈夫でしょう。

数十年前の記憶の波の底に沈んでいる名曲をラジオを通じて提供させていただく
それがいずれ来るあの世からのお呼びの時に
唄という冥途の土産を小脇に抱え、それを口ずさみながら笑顔で三途の川を渡っていっていただく
そんな光景をこれから沢山生み出せればいいなと妄想しております。

サヨナラだけが人生さと寺山修二氏のようにニヒルになりきるのも一興ですが

しかし、番組を担当させていただく僕なりの醍醐味は別にもあります。
例えば、経営する会社が倒産し、目の光も失い、あの世からのお呼びを待つだけの日々だった70代の方が
ラジオのゲストに出て若いころの話をし、歌を歌うことで再び生きる活力を取り戻すその姿を
僕は現在進行形で目の当たりにしていますし
こういった事象がもっと大きく社会現象化すると、消費活動は活発になり自治体の医療費は削減されます。
つまりは、経済が世の中がよくなる、町興しにつながってゆくわけですね。

ラジオは営利を目的とする広告媒体ではありますが、
一方で人々の心を潤し活気づけるという面でのメディアとしての価値は凄いものがあると感じています。
耳というたった一つの器官だけで聴くものだからこそラジオから発する言葉は言霊となりパワーを持ち始めます。
だからでしょうか、まさに全身で聴いてくださってる方も多いですし
心への浸透度という視点では、もしかするとあらゆるメディアの中でもラジオはトップなのかも、と思うときもあります。

昨年は、数多くの「昭和時代にラジオ少年&少女だった」リスナー様とかかわることができました。
大変楽しく幸せなことと感謝しております。
今年もこのご縁を途切れることなく大切にさせていただきたいと思っているところです。

では今年もどうぞよろしくお願いいたします。

投稿日時:2016.01.09(Sat) 23:21:11|投稿者:matsuyamay