原田時美 昭和平成歌物語 ~石坂まさを氏と歌声喫茶と~

昭和29年ごろから始まった集団就職、
原田時美さんも都城から硬い木の椅子の列車に揺られ上京し一時は会社員でいたそうです。
地方から一人で友人も知り合いもいない大都会へ行き、
働く金の卵たちの寂しさを癒したのは歌声喫茶だったそうです。
まだカラオケもない時代、そんな若者たちが喫茶に集い、バンドの生演奏に合わせて全員で合唱する。
そんな空間で連帯感が生まれ出会いがあり、孤独を感じなくなる。
歌声喫茶が一世を風靡したのはごく自然なことだったように思います。

10月19日の放送では、歌声喫茶と出会いについて原田時美さんに語っていただきました。



写真は、遺影にも使われた、故石坂まさを氏です。
彼の奥様はまだご健在でいらっしゃいますが、石坂まさを氏と奥様を結びつけたのが原田時美さんだったそうです。

花菱エコーズでデビュー後、新宿有線でチャート一位を獲得するために新宿のスナックの営業廻り
そして歌声喫茶での生演奏など東奔西走されていた当時の昭和41年後ごろ
新宿の歌声喫茶「ともしび」にて、ある出会いがありました。
いつも柱の陰から見える同じ少女の顔がいつしか馴染みになり、ある日話しかけてみると、同郷の宮崎出身だったと!
意気投合し、石坂まさを氏にも紹介したそう。

それから原田時美氏は全国ツアーに回り、再会した半年後にはなんと!!!!!
石坂氏とその同郷の少女は夫婦となっていたそうなのです。
これには原田時美さんも驚き桃ノ木20世紀!←ピコ太郎かよ だったそうです。



写真は、宮崎に来県されたときの石坂まさを氏と原田時美さん。

なんでも、石坂氏は出会ったその日にプロポーズ、そして800円の指輪をプレゼントしたそう。
宮崎から上京した少女には、大都会で音楽プロデューサーと出会いその日のうちに電撃プロポーズで
婚約指輪までもらったわけですから、まるで映画のワンシーンのように思えたのでしょうか?
奥様は今でも、その800円の指輪を大事に持ってらっしゃるそうです。ええ話やー

800円という値段についてはちょっとコメントもしかねますが
気持ちがあれば祭りの屋台のおもちゃの指輪でもいいわけですしね!(と決めつける)
そういえば、話それますが、天城越えという映画で田中裕子扮する遊女にもらったマッチ箱を
後生大事に持ってた少年、人生の最後に手からそれがポロリと落ちたシーンを思い出しました。

当時まさに天下を取った石坂まさを氏と苦楽を共にした奥様と、原田さんはいろんな話をされたそうです。
大ヒットによって大金が入ってくるものの、当時の週刊誌にいろんなことを書かれたり
藤圭子さんの最期についても取材が殺到し、心身共に参ってしまい、
そんなことは放送では言えませんが、原田時美さんから伺いました。

ヒットを飛ばすだけの才覚を持つ男はやはり並の人間ではなく
山口百恵じゃないですが、人よりたくさん良い目にあって、人よりたくさん悲しんだ・・・と他人事でスミマセン・・・・



下の写真は、まだ公民館を回っていたころの島津亜矢さんの名刺です
音楽事務所も経営する原田時美さんのお仕事で出会ったそうです。




下は、宮崎の飫肥に、藤圭子さんと一緒に来県されたときのもの
原田時美さんの藤圭子さんへの思い出が込められている気がします




この日は放送では言えないような、藤圭子さんへの思い出なども
スタジオ控室で伺いましていろいろ考えさせられました・・・・
いろいろ思うところもありますがちょっとここにも書けないなー

明日、正確には本日の正午から、生放送で番組をお届けします。
今はその準備中であるんですが、楽しみなのは、
黒澤明とロスロスプリモスとの絡みなどを語っていただけるとのこと。

ロスプリモスといえば
ラービューラービューーなみだーのトーーキョー
ギンザ ギンザ ギンザ ギンザギンザギンザ たそがれーのギンザー 
って感じのムーディーなムード歌謡ですね!

他にもいろいろ世界のチョコレートのプレゼントや、みやこんじょ弁歌姫ふじこちゃんコーナー
その他コーナーはがき盛沢山でお届け予定です♪乞ご期待お楽しみに♪

投稿日時:2016.11.02(Wed) 00:15:20|投稿者:matsuyamay