原田時美 昭和平成歌物語 ~知られざる藤圭子さん~

今日の生放送当日、花菱警備保障会長の原田さんと会って第一声が
「原田会長!そのキャップかっこいいですね!どこで買ったんですか?いくらでしたか?」
といきなりファッションチェックをした僕はやはり性格が変わってるかもしれない。

さて、11月16日は、日本中で原田会長しか知らない藤圭子さんのエピソードと
「命預けます」のギター弾き語りをしていただきました。



昭和44年の「新宿の女」でのデビュー前の約一年間、藤圭子さんは
石坂まさを氏の自宅2階で下宿していたそうです。

盲目の三味線弾きの母と一緒に石坂氏の元を訪れ
最初に歌った曲が「カスバの女」だったと思う、と原田会長談。

昭和40年代当時の高度経済成長時代の下宿事情も話していただきました。
石坂氏の一軒家の2階は、障子で仕切られただけの3部屋。
そこに藤圭子さんが住んでいたそうです。
原田会長は、さすがに隣の部屋はまずい笑 ということで
一軒家の敷地隣の別棟に下宿したそうです。
トイレと水道は共同、食事は1階の台所で。
風呂はなし、ということは近くの銭湯に藤圭子さんも原田会長も行ってたそうです。

ある日、「銭湯いってくるねー」と藤圭子さんが原田会長へ。
しかし数分経って戻ってきた藤圭子さんに「どうしたの?」と聞くと
「途中で下着落としちゃったから帰ってきた」だったそうです。笑
誰か拾ったのか?値打ちものだから今からでも紛失届を出したいものです笑



「命預けます」は昭和45年発売の藤圭子さんの曲。
歌詞を紐解くとまさに藤圭子さんのデビューまでの境遇と心境を歌ったものです。
♪流れ流れて東京は、夜の新宿花園で やっと開いた花ひとつ♪
幼少期より門付で流れ流れ、そして東京へ辿り着いたんですね。
新宿花園、これは花園神社に「圭子の夢は夜開く」の歌碑があることからも
新宿花園が、デビュー出発点だったわけです。

♪こんな女でよかったら 命預けます♪
原田会長曰く、石坂氏は、藤圭子さんを自宅2階に下宿させるために
それまでいた原田さん他2名を追い出して笑、藤圭子さんを住まわせました。
つまり、下宿の収入源を断って、藤圭子さんに賭けたんだとか。
それに応えるように、歌に石坂氏に命を「預けます」と歌ったと、原田会長は語ってくださいました。

今の時代には聞かなくなった言葉ですね。命預けます。
濃い~~~~~ですね 情が
そこまで何かを犠牲にして命を賭けて
藤圭子さんは、石坂まさをさんはヒットを掴んだのでしょう。



上の写真は、僕の店の世界のチョコレートの一角にある昭和カフェの1コーナーです。
藤圭子さんの真っ黒な目と、若いころの和田さんのドヤ顔感、この真逆なコントラストが凄いですね!

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ラジオとは全く関係ないですが、最近、選挙カーで応援演説で叫んできました笑
下馬評では情勢厳しいと知っていましたが、たとえ敗れても、元気さでは、面白さでは負けない。
そういった意地というか戦う魂をマイクに乗せてみました。
そして敗れた直後、そして翌日の立候補者のAさんのいつもと変わらない明るい笑い声を聴き
「これが昭和男の侍魂」としかと胸に刻み込みました。
Aさんも原田会長も、昭和歌謡を通じてお付き合いをしていただき、
そして昭和の魂を感じることができて生まれてきてよかったなと思え、私は幸せです。
ではまた。

投稿日時:2016.11.16(Wed) 22:34:30|投稿者:matsuyamay