パーソナリティブログ

西日本新聞掲載 届かぬ便り 神田橋貞夫氏








先日紹介しました、都城市久保原町の神田橋貞夫さんの
娘さんへの思いを楽曲にした「届かぬ便り」が
2015年6月16日の西日本新聞に掲載されました。

80を過ぎても挑戦を続ける神田橋さんは
これからこの歌をいろんな場所で歌っていくとのことでした。

昨日ですが、僕のいる世界のチョコレート アイデンティティの昭和カフェに
よく来てくださる75歳のお客さんに、
「番組に出てみませんか?」と出演ナンパしてみました。
そのお客さんは、ご家庭の事情で高校に進学できず
そのことを亡くなったお父様が死の直前まで悔いておられたそうです。
70を過ぎて定時制の高校に入学、
10代の若者に交じって生徒会長に立候補して当選
そのことが2014年の元旦の宮崎日日新聞の記事に紹介されていました。

死ぬまで青年でいたいと元気いっぱいであるその方に
電波を通じて世の高齢者世代のみならず若者世代へも
張本勲氏に負けない「喝!」
を入れていただきたいと思っています。
(出演してくださるかはまだわかりませんが)



神田橋貞夫さんやこのお客さんのような、死ぬまでチャレンジを続ける方々を
もっともっと紹介できるようなことがこれからもできればと思っています。

ちなみに上の写真は昭和カフェのテラスの一角です。
かなり頑張ってデコレートしたのでお世辞でいいので
頑張ったなと褒めてやってください笑


投稿日時:2015.06.26(Fri) 22:56:28|投稿者:matsuyamay コメント(27)

かつての日本人

昭和歌謡の歌手たちは皆一様に歌が上手い、それはもはや、超人の域である。
しかしながら、歌手ではないカテゴリの人たちが歌う昭和歌謡に
番組中思わず聴き入ってしまうことがよくあります。
例を挙げれば、高倉健、鶴田浩二、森繁久彌、古賀政男、etc・・・・
歌は心で歌うもの、と船村徹氏もおっしゃっていますが
その歌い手が持つパワーが、歌のテクニックを凌駕して聴き手の心を揺さぶるものだと解釈しています。

僕が故高倉健氏を語るには余りにも僭越ではありますが、あえて・・・
彼が生前語ったらしいのですが、映画における心構え
俳優が普段何に感動し感謝して生きているのか、何を目指して生きているのか
そういった生き様がテクニックを超えてスクリーン越しに観客を感動させると語ったらしく、いたく共鳴した記憶があります。
というのが、僕は、鶴田浩二・高倉健・藤純子・若山富三郎といった面々の任侠映画が好きであり






写真のとおり、スクリーンが圧倒的映像美、様式美に溢れているのも勿論ですが
出演者の立ち居振る舞い、仕草、姿勢、そして描かれている人間関係の美しさにも魅了されてしまったのです。

平成27年の日本、特に団塊の世代以下の年代層にはもはや歴史博物館資料となってしまった概念
義理人情、自己犠牲、一宿一飯の恩義、渡世の仁義などがこういった映画にはパンパンに詰まっています。

写真の網走番外地や緋牡丹博徒では高倉健氏は、実にかっこいい。では、何がカッコいいのか?
一言で言うと、正義の味方、行動規範が正義に基づいたものであり、弱者に優しく強いものに媚びない
魂の部分で信用できる誠実さ、といったものを芝居で表現されているところだと思います
己の行動が醜くないかどうか、美しいかどうか、お天道様に顔向けできるかという武士道ですね
おそらく、昭和の人々が限りなく高倉健氏へ向けるオマージュの根源はそういった
かつての日本人が持っていたエモーションへの愛借の念なのではないかと推測します

そういった彼の哲学がやはり歌にも現れていて、「望郷子守唄」を聴いたときは鳥肌が立ちました
♪どうせ世間からはじき出されたはんぱ者、いまさらどうにもなりゃしねんだ
どうしてこう俺ら出来が悪いかな かあちゃん、許してやんな♪
歌の途中で入る語りの部分です
昭和歌謡とは、決してヒーローではない、人生の王道を歩めなかった一般庶民の
慰めになるような、悲哀を掬い取って流してくれるような存在だと思っています
彼が映画や歌で表現した、ヒーローでなかったり日陰者と呼ばれる人達への
優しい眼差しが、これほどまでに昭和世代を虜にした源泉なのではないかと思います




ところで、ある極道の方が語ってらっしゃったらしいのですが
現実では、映画における鶴田浩二氏や高倉健氏タイプは生き残れないとのことでした笑
義理人情に傾きすぎるからだと。

下は僕のいる世界のチョコレートidentity内の昭和カフェです。
書斎をイメージして作りました。ここにこのような映画ビデオやレコードや
音源があり番組で使用しております。



余談ですが、下は、三島由紀夫氏の演説やインタビューを収録したレコード
なかなかレアものですね笑
彼は、人生最後の日、市ヶ谷駐屯地へ高倉健氏の唐獅子牡丹を聴きながら向かったそうです
やはり彼も、かつていた、もはやどこにもいない日本人といいますか
強烈な武士道に基づいた美意識の方でした



さらに話は変わり、ときおり番組へリクエストを頂くのが大利根月夜です
バタやんの声には涙がある、と古賀政男氏が仰ったという伝承があります



田端義夫氏は、実に極貧の中で育ったそうです
彼の歌を聴くといつも思うのですが、限りなく悲しくそして優しさのエモーションが歌に含まれています
一杯のご飯を涙を流しながら食べたという体験、戦後の極貧の家庭の悲しみ、苦しみ、世間の風の冷たさ
その個人的なペーソスが歌に潤いをもたらしているのだと推測します。
やはり、もはやどこにもいない日本人歌手だと思います
彼の歌う大利根月夜は、天保水滸伝の平手造酒の人生を歌ったものですが
侍から用心棒に落ちぶれても、武士の矜持を失わなかった平手造酒の最後は余りにも壮絶で美しい
本当の辛酸を舐めた田端義夫氏だからこそ歌える歌なのだと思います



僕の店には、小学生から70代まで、ほぼ全世代の方々がお越しになられます。
ここ数日、ゲームで育ったゲーム脳の20歳前後の若者のお客さんが多く
彼らの思考回路に改めて驚き考えさせられています
こういう話題を書いたのは実は理由がありまして、近い将来、こういったゲーム脳の若者へ
昭和世代の美学や矜持を昭和歌謡を通じてわかりやすく伝えるようなことがしたい、
僕がその作業をゲーム感覚で行うことができたら楽しいだろうなとそういう野望が芽生えているからです

ただ、そういった野望と並行してもっと自分を磨かなければなりませんが笑日々精進ということで笑
ではここらへんで

投稿日時:2015.06.16(Tue) 00:06:36|投稿者:matsuyamay コメント(20)

昭和の時代は良かった?

有り難い事に、僕の番組を聴いて下さり、手紙や葉書で
感想を直筆で書いてくださるリスナーさんがいらっしゃいます。
最近、数人の共通したあるメッセージが気になり頭の片隅から離れません

「昭和の時代は人との心のつながりがあって良かった」
「殺伐としたこの平成の世の中で」

こういった趣旨の手紙や葉書でありましたが
そもそも、本当に昭和の時代は人々が活力と希望に溢れていて
比較して平成は人々の心が荒んでいるのだろうか?
生放送では時間がなく話せないことを書いてみたいと思います

まずは一年間の自殺の件数、
高度経済成長の時代には1万4千人、平成24年2万8千人
次に一年間の殺人の件数
高度経済成長の時代には1,400人、平成24年383人
う~ん、一概には言えないようである

昭和歌謡の黄金期、まさに百花繚乱の絢爛豪華たる高度経済成長時代に
自殺者は現代の半分、殺人件数は今の3倍
しかしながら両者の足し算という見方では、
現代が高度経済成長時代の約2倍の件数とも言える・・・・

昭和の歌謡界の天才・故阿久悠氏のお言葉を拝借致しますと
昭和と平成の違い、それは
●昭和の褒め言葉:「あの人はお金持ちじゃないけども優れた人だ」
●平成の褒め言葉:「あの人はお金持ちだからすごい人だ」
ここに集約される、ということらしい

つまり、昭和の時代には、人物を評価するときに、財産の有無の前に人格を見たのであるが
平成の時代には、まずは財産があるかどうかが人物の最大の評価基準であり
例え財産の出処が犯罪所以であったり人の働いた上前を撥ねるようなものであっても
とにかく金を多く持っていればすごい人、という価値観が蔓延しているということだろう

別にファッションでもスノビズムでもなく言うのだが僕はあまりテレビを見る習慣がないのだが
時折テレビ画面が目に入り、そして、胡散臭い風体の人物が、年収何十億みたいなことを吹聴して
雛壇の人たちが「えーすごーい」みたいなことをわざわざ字幕入りで演出しているのを
見かけて「なんだかなー」と思う事があった
それをどうやって稼いだのか、永続性のないマネーゲームかも知れないし
実体のない虚業かもしれないし、案の定数年たったらそういった人物は表舞台から姿を消すことが多い
そしてこの光景こそ故阿久悠氏が指摘した問題そのものだと僕は思ったりするのである

一言で言うと拝金主義か否かってことですね

昭和の時代の光景としてよく語られること
大晦日に家族そろって掃除をし、炬燵に入り紅白歌合戦を見て家族で同じ歌を口ずさむ
平成の今では、家族は大晦日に別々の行動をし、別々の歌を口ずさむ
いや、若者には歌以外の娯楽がごまんと有り、歌を口ずさんでないかもしれない

世の中の仕組みが進歩して、歌も娯楽も多様化し
歌を聴く手法も、レコードだけではなく、ipod,ipad,Cd,MD,スマホにetcと随分増えた
便利は人々を幸せにするのかといえば、それはわからない

ただ、娯楽の少なかった昭和の時代に、家族で同じ番組を見て
地域の人達と、日本中の人たちと同じ流行歌を共有することは、
連帯感と一体感を生み、心の隙間や孤独感を消してくれるとも言える
たかが歌謡曲されど歌謡曲である

とかく憂きことの多い世の中で、流行歌は憂さを、心の垢を文字通り
流してくれるものだと思うし、自分の悲しみや苦しみを代弁してくれる流行歌に出会ったとき
歌が負の感情を客体化してくれることで人生の壁も乗り越えやすくなるとも思う

人々、特に若者が歌をあまり口ずさまなくなったことと
引きこもりの増加や新型うつといった病名の出現とはあながち無関係ではないような気もします

勝手気ままな結論としては、やはり昭和の時代は未来と夢と希望が有り
平成の現代よりも人々は幸せだったのかもしれない・・・・







話はガラーと変わりますが
上記の写真、李香蘭の幻の曲、ディスク2の
「雲のふるさと」「月のしずく」が収録されたCDです。発売と同時に早速購入しましたv^^
今から70年以上前の楽曲ばかりですが、現代もその名を轟かせる名曲も多く
なんと言いますか、思わず聴き入ってしまう、鳥肌の立つような陶酔感といいますか
生きてて良かった(大袈裟)と言いますか
特に中国語の「夜来香・イエライシャン」が秀逸でありました

未発表の本邦初公開の「雲のふるさと」は、戦争時の兵士の死に直面した歌であり
当時は厭戦感を蔓延させるという理由でお蔵入りになったとか・・・
極限状態に対峙したときの厳しさと美しさが同居したこの世のものとは思えないようなメロディに聴こえました

「月のしずく」には、ジャガタラや南十字星に防人といったフレーズがちりばめられ
旅情とロマンがあり物凄くx10素敵な楽曲です

この時代は列強の租界、満州に戦争と平和な現代においては想像もできない騒乱のさなか
大陸の方々の平和や美しいものへの渇望というものが結集されたような
とてつもなくクオリティの高い楽曲ばかり収録されていました
このCDはまさに精神的金銀財宝でありました

平成の象徴である拝金主義というのも付き合い方によっては
事業欲などの尽きることのないエネルギーになりますし決して否定はしたくない
結局はバランスの問題であって、昭和歌謡にあるような情緒とかロマンと
良い意味での拝金主義の融合が現代人の理想ではないかと思ったりします

ということで平成の現代にますます昭和歌謡玉手箱は必要という結論になりました笑



投稿日時:2015.05.31(Sun) 23:25:37|投稿者:matsuyamay コメント(19)

届かぬ便り ~慟哭~ 生き別れの娘へ捧げる歌

この春、ある曲が都城より発売されました。
都城市久保原町ご在住の神田橋貞夫さんの実人生をもとにした
「届かぬ便り」という楽曲です。

神田橋さんは、昭和歌謡玉手箱に何度もゲストで来て下さり
鶴田浩二・青木光一・東海林太郎各氏の名曲を歌っていただき
昭和の思い出話を語ってくださいました。
某歌謡選手権では宮崎県代表として全国大会にも出場
歌の実力も玄人はだしのお方です。

僕がこの歌を記事にしたい理由は多数ありますが
歌の命が短くあまりにもインスタントに消費され続けてしまっている昨今
20年以上の想い・逡巡・苦悩そしてかすかな希望が詰まった
「届かぬ便り」はまさに「昭和歌謡」であると思ったからであります。



歌がつくられた背景をかいつまんで述べてみますと
神田橋工業(株)を経営し、日本を代表する企業や行政を取引先に持ち
特許の件数は110件以上、数々の受賞歴・パチンコ店も経営し
三人の子宝に恵まれた順風満帆の経営者へ
突如、事業の失敗と離婚という逆境が襲い掛かります。
そして、娘さんたちと生き別れになりはや20年

別れた娘さんお孫さんに再会したいという想いは年々募っていらっしゃいます・・・

しかしながら、興信所やそのたぐいを利用しての強引な再会は彼の望むところではありません。
誤解がもとで心まで離れてしまった娘さんたちに、歌を通じて想いを届けたい・・・

当事者でしかわからないナイーブな心理模様までは僕には窺い知ることはできません。
ただ僭越ながら、この話を伺った時にひとつの昭和歌謡が僕の頭を掠めました。

「あゝモンテンルパの夜は更けて」 昭和27年 渡辺はま子

戦後、フィリピンにて戦犯として絶望の収容所生活を送っていた日本人たち
当時の大統領の特赦による戦犯釈放という奇跡を引き出したのは、この歌なのだそうです。

余りにも陳腐で恐縮ですが、歌は時間を空間を距離を人種を国境を
そして
人の心のわだかまりも溶かしてくれる、
歌の力とはすごいものである

もう逢えないかもしれない娘さんへの想いを歌で届けたい
そんな究極のロマンチシズムな神田橋貞夫さんの想いに感銘を受けました
そしてこの「届かぬ便り」がいつの間にかひとり歩きして
娘さんやお孫さんの耳元でメロディを奏でて欲しい 。

齢80を超えた神田橋貞夫さんがまだまだお元気であるうちに
お互いの心が繋がってせめて何かしらの音信だけでも
願わくば再会が実現することを願っております。








以下、作詞者の神田橋貞夫さんから娘さんたちへのメッセージです

娘よ孫たちよ あれから20年 変わりはないでしょうか
あの頃を寂しく懐かしく想い出します
あのことがあって、再会も叶わず 便りもぷっつりと途切れてしまいました
めまぐるしく変わる日々の中戸惑いながら生きてきました

私の想いがうまく伝わらずに
娘たちは心まで離れてしまった
別れの言葉も言えず 寂しさだけが募ります
街で似たひととすれ違い 歩み寄り
他人の空似で立ちすくむ 
そんな日々もありました

私も年輪を重ねて時間もなく
逢いたい逢いたいという想いを 心のポケットにしまい込み
この便りはもう届かないのでしょうか




投稿日時:2015.05.09(Sat) 14:53:12|投稿者:matsuyamay コメント(35)

☆タレント・高野瀬ますみさん@昭和歌謡玉手箱☆

約1年半振りの再会&ご登場は、
元・都城観光レディで、現在東京でタレント活動中の高野瀬ますみさんです!
ますみさんのお母さんの、ひとみさんが勤務している観音池さくらの里は
僕の店の世界のチョコレートの商品もたくさん売ってくださっています。
そのご縁で、温泉に来られる昭和歌謡世代に
【突撃インタビュー】していただきましたっっ!


まずは肩慣らしに、事務所のお偉いさんへインタビュー。
お好きな歌手は?歌は?そして、鼻歌で歌ってください!

舟木一夫の高校三年生を歌ってくださいました。





こちらは入浴前に地場産野菜を買い物中のお客様です。
春日八郎の別れの一本杉を歌ってくださいました。




このお客様はご家族で温泉にこられました。
三橋美智也の達者でな を歌ってくださいました。





そして・・そして!
10月15日(水)12:00~放送の昭和歌謡玉手箱
プレゼントに、な~~~んと!
観音池さくらの里、温泉入浴券、ペアで3組、をいただきました~~~~ヽ(*´∀`)ノ

番組中にメールまたはFAXまたはおハガキいただいた方から抽選で差し上げます。
info@cityfm764/com   FAX 0986-46-6060
チケットを提供意くださったさくらの里さん、そして交渉してくださったひとみさんとますみさんに感謝です。
もう、僕は一生、下僕になりますから!!






最後は、休憩室での皆さんとパチリと撮影。
写真加工は高野瀬ますみさんがしてくださいました。
最近のスマホは実に便利ですな!
平成の文明の利器はすごい・・・・・




他にも
田端義夫のかえり船、二葉百合子の岸壁の母、細川たかしの矢切の渡し
美空ひばりのひばりの佐渡情話などなどいろんな歌が飛び出し、なかなか楽しい時間でした。
やっぱり歌って本当にいいですね!

高野瀬ますみさんは次は天草でお仕事とのことでした。

この模様は、ブログやフェイスブックでもご紹介いただいています。
高野瀬ますみで検索、ブログとFBが即ヒットしますので、みなさま是非ご覧ください。




投稿日時:2014.10.12(Sun) 12:56:03|投稿者:matsuyamay コメント(20)
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