VIVA!民謡 VIVA!股旅

昭和46年生まれの僕は昭和を17年、平成を24年生きてきた
所謂、団塊の世代Jrと呼ばれる世代であります。

僕らの世代の特徴として、オイルショックや就職氷河期などの
多少の社会不安はあったものの、概ね景気も良く生きていくに大きな苦労はなかった。
そういうわけで、戦後の生きていくに大変な動乱期を支えてきた
昭和歌謡や演歌や民謡といったある意味泥臭いものや説教臭いもの、
ウエットで感傷的な歌を嫌う傾向は非常に強いと言えると思います。
僕もご多分にもれず若い頃はやはり、
昭和歌謡や民謡など感傷的であったり土の匂いのする歌が苦手でした。

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8月7日のゲストはカヤノキジュンコさんという方でした。
NPO法人エムズハートフルの副理事長であり市内4ケ所で地域の人たちの
コミュニケーションの場を作る活動をされている方です。

現在のご活動はもちろんですが、昭和30年代の子供の頃の
炭鉱マンだったお父様の話、お父様がよく歌っていた
「ひえつき節」「チャンチキおけさ」などを流しながら思い出話を伺いました。
ALWAYS・3丁目の夕日に描かれている日常そのものの体験談は
非常に微笑ましく温かみを持って電波に流れてくれたのではと期待しています。

ところで、「ひえつき節」ですが、これは椎葉の風習を唄った民謡です。
椎葉といえば、宮本武蔵の作者・吉川英治氏が新平家物語の中で
「この世の理想郷」と表現した、九州の秘境であり、鶴富伝説で有名な観光地でもあります。

実は数年前に椎葉に友人数人で訪れた事が有り、吉川英治氏の碑や
那須大八郎と鶴冨姫の今生の別れの場所など目にした記憶があります。

前述した様に、土の匂いのする民謡がずっと苦手でしたが
この年になり、ようやくその「良さ」がわかってくるようになりました。
ひえつき節にあるように、焼畑農業から稗を作る風習や
那須大八郎と鶴冨姫が逢瀬を重ねる合図となったサンシュウユにかけた鈴の音など
椎葉にあるストーリーをきちんと理解することでこの民謡が一層輝いて聞こえるようになりました。
同じく平家の落人伝説の舞台となった熊本の五木村の五木の子守唄もそうですが
子守奉公の少女の胸の内など理解するにあたって、鳥肌が立つほどこの歌が好きになったり・・・

あくまでも昭和歌謡の番組ですので、民謡に傾いてはいけないと思いますが
天津羽衣のひえつき崩しなどは、昭和歌謡の範疇に入ると思うので
そういった曲の選択肢も入れながら
60代以上の方々に一定の需要があるのこの民謡をいかにうまく楽しく
放送できるか、色々と考えていたところでした。

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こういった伝説のある観光地で往々にして言えることですが
伝説の舞台となった場所があまりも観光地過ぎたり、やたら土産物ばかりなど
佳い伝説を金に替える作業が露骨すぎるとしらけてしまったりもします。
そういった伝説と商売とのバランス調整の着地点もなかなか難しいものであるなと思ったりもしました。

今日のことなのですが、旅役者としての活動をされているとある方とコンタクトすることができ
近いうちに「股旅歌謡」の特集をする時に、そのお方にゲストとしてきていただけないかと考えております。

股旅ものの持つ、義理人情や儚さや虚しさ、孤独感といったものが
僕はたまらなく好きであり
そんな世界を実際に舞台で演じている方とぜひお会いしたいのです。

股旅歌謡もプロ級の腕前だそうです。

と、以上、団塊の世代ジュニアの特徴とは真逆の感想や所感を述べてみました(笑)
僕は生まれつき天邪鬼なのでこれでいいのです(笑)


リスナーの都城昭和見ぃつけた!さんが写真を送っていただけました。

欄間です。


泉谷しげるさんの若い頃のレコードジャケットです。
かつらのようなかっこいい髪型に驚きです。


リスナーの大久保伸一郎さんです。
昭和の映画の絵を持参して、僕の店にこられました。









投稿日時:2013.08.12(Mon) 21:23:00|投稿者:matsuyamay